― Fit/Gapを正しく判断するための“前提”をそろえる ―
ERP導入は、RFP(提案依頼書)の品質で成否が大きく左右されます。
特にカスタマイズが制限されるクラウドERP(SaaS型)では、標準機能をどう判断し、どこまでをRFPに落とすかが重要です。
本コラムでは、クラウドERP時代に適したRFPの考え方と、押さえるべきポイントを2部構成でわかりやすく解説します。
まずはパート1として、RFPがなぜ重要か、どのような前提で作るべきかを整理します。
1. RFP(提案依頼書)は“ERP導入の成功確率を高める最重要文書”
多くのERP導入で必要となるRFPは単なる依頼文書ではありません。
「目的・スコープ・標準導入方針・評価軸」を明確にし、後続工程の質を左右する“導入プロジェクトの起点”となる文書です。
特にクラウドERPはFit to Standardが前提のため、RFPの精度=Fit/Gap議論の精度=導入の成功率、と言っても過言ではありません。
ERP導入におけるRFPの役割
RFPの役割は、要求事項を列挙するだけではなく、プロジェクトを迷走させないための“前提条件の定義”になります。

RFPはただの「依頼書」ではなく、企画〜要件定義〜設計の“共通言語”を定める工程です。
Fit to Standardとの関係性
Fit to Standardは「標準を最大限活用し、拡張は最小限に抑える」という設計思想です。
クラウドERPでは改修範囲が限定されるため、この思想が導入の前提になります。
RFPでは、Fit to Standardの観点から「運用変更で標準に寄せる」「最小限の拡張」「外付けで柔軟に補う領域」の3つの方針を示し、ベンダーの解釈ブレを防ぎます。

この3分類をRFPの「前提方針」として提示することで、ベンダーの提案が揃い、Fit/Gap一次判断の精度が上がります。
2. なぜRFPは失敗するのか?
RFPはERP導入の「起点」ですが、実務ではRFPの曖昧さ=後工程の迷走に直結するケースが非常に多いです。
クラウドERP時代はFit to Standardが前提となるため、なおさらRFP段階での精度不足が致命傷になります。
本章では、RFPが失敗する典型パターンをシンプルに整理します。
業務要件が曖昧で“現場の実態”を反映できていない
業務要件に現場の実態が反映されていないと、Fit/Gap判断の“基準そのもの”が揺らぎます。

主な要因:
- Excel・手作業・独自フローの棚卸し不足
- 部署間で業務理解がバラバラ
- 業務フローで粒度を揃えた整理がされていない
業務要求事項は「ありたい業務を正しく写す鏡」です。
業務側の可視化・分析が甘いほど、Fit/Gapも甘くなります。
非機能要件の抜け漏れ
クラウドERPでは、非機能要件が“提案内容を左右する核心”です。
特にパフォーマンスのばらつきは、業務運用に直結します。
【クラウドERPで特に注意したい非機能要件】
| 項目 | 事前整理(RFPに記載すべき観点) | 問題 |
|---|---|---|
| API連携方式(同期/非同期/バッチ) | 既存システムのAPI形式(REST/SOAP)、データ量、連携頻度、許容遅延を整理する。 | クラウドでは外部連携が性能ボトルネックになりやすく、レスポンス遅延が発生しがち。 |
| データ移行量・移行方法 | データ件数(総量/月間増分)、クリーニング要否、履歴データ扱いを決める。 | SaaS標準ツールに制約があり、大量データや複雑変換は“別工数”が必須になりやすい。 |
| 運用・保守の役割分担(R&R) | 障害一次対応、ジョブ管理、アカウント管理、メンテナンス対応範囲を明確化。 | クラウド側とユーザー側の境界が曖昧だと、障害発生時の対応遅延や責任分界が不明確に。 |
| 権限モデル/承認ルール/ログ管理 | 権限ロール、承認フローのパターン、ログ保持要件、内部統制上の必須要件を定義。 | 標準ワークフローに制約が強く、後から変更が難しい。ログ保持期間もクラウド依存。 |
| ネットワーク品質・帯域 | 通信経路、VPN有無、帯域測定、ピーク時アクセス数などの前提条件を整理。 | SaaSはネットワーク性能に依存し、遅延・タイムアウトが業務影響になる可能性。 |
| SLA/可用性/メンテナンス時間 | 利用時間帯、月次ピーク処理、許容停止時間、SLA要求を整理しギャップを確認。 | 提供側SLAが前提となるため、業務要件とズレると夜間バッチ等が実行できない。 |
非機能要件の抜けは、クラウドERPでは“必ず”後工程に跳ね返ります。
特にSaaS型では後から個別調整ができないため、RFP段階で抜け漏れをなくすこと=追加費用と遅延の回避につながります。
ベンダー評価の基準が曖昧で比較できない
RFPで評価軸が明示されていないと、提案書の粒度も評価観点もバラバラになり、“主観で選んでしまう”リスクが高まります。

よくある問題:
- Fit/Gapの判断精度を評価に入れていない
- Fit to Standard理解の有無を問えていない
- PM力が“人物次第”で曖昧
- 外付け知見(ERPとの棲み分け・データ連携等)の差異が見えない
評価基準が曖昧だと、ベンダー比較は“印象評価”になります。
選定の透明性を担保するためにも、RFP時点で評価軸の定義が必要です。
3. RFP段階でFit/Gapを確認する(クラウドERP時代の前提)
クラウドERPでは、カスタマイズの幅が大きく制限されます。
そのため、業務要求に対して標準機能でどこまで実現できるか(Fit/Gap)をRFP段階で“粗粒度”でも確認しておくことが極めて重要です。
ベンダーは「Fit/Gapは要件定義で精査すべき」と述べることが多いものの、これはユーザー企業にとって追加費用・遅延リスクを後送りにする構造に他なりません。
要件定義でFit/Gap判断すべき”はユーザーに不利
ベンダーが契約前に詳細調査を避けたがるのは当然です。
しかし、Fit/Gap判断を要件定義に持ち越すと、ユーザー側に以下のリスクが生じます。


Fit/Gapを契約後にまとめて判断する方式は、Fit to Standard時代に適合しない“旧来型のアプローチ”です。
RFP段階でFit/Gapを粗粒度でも確認しないと、要件定義で一気にリスクが噴出し、導入全体の成功率が下がります。
RFP段階で求めるべきFit/Gapの“適切な粒度”
Fit/Gapは、RFP段階と要件定義段階で求める粒度が異なります。
RFPで求めるべきは“方向性を揃えるための一次評価”であり、詳細分析は要件定義フェーズで実施すべきです。
| 項目 | RFP段階で求める粒度 | 要件定義で実施する粒度 |
|---|---|---|
| Fit/Gap分類 | Fit/条件付きFit/Gapの一次判断 | 詳細なFit/Gapワークショップ |
| 解決方針 | 求めない(一部重要機能のみ) | 標準設定/外付け/拡張の詳細設計 |
| UI・画面 | 求めない | 画面モデル・入力項目定義 |
| ロジック | 求めない | 業務ルール・例外処理の詳細化 |
ポイント:
- 深すぎる粒度は不要(むしろ精度が低くなり逆効果)
- 方向性(Fit/Gap)だけ揃えばベンダー比較は可能
- RFPの目的は“線引きの議論を先読みしておくこと”
ERP標準でできない領域は“外付け(フロント)”で補完する
クラウドERPでは、UI・例外処理・個別帳票・固有ロジックなどは標準で変更が難しい領域です。
これらをERP本体で無理に作り込むと、
- 保守困難
- Clean Coreの崩壊
- バージョンアップ工数(費用・社内工数など)増加
など、後々の負債に直結します。
典型的に外付けに向く領域
- 承認ワークフロー(自社独自の規定に即したルート)
- 複雑な入力UI(標準では複数画面入力を1画面へ集約したいなど)
- 得意先別の提出帳票(取引先指定伝票の利用)
- 製品・ビジネスユニットごとのルール
- 現場側の“便利機能”
外付けの活用は“クラウドERPの前提設計”であると理解しましょう。
主要ERPベンダーのFit to Standard共通思想
Fit to Standard思想は、SAP・Oracle・Microsoft Dynamicsすべてに共通しています。
位置づけとメッセージの違いを整理した内容を、視覚的にまとめたものが次のイメージです。
特に海外製品は日本ローカライズな商習慣が標準機能として実装されていないことが多いため、切り分けすることを前提にする思想が大切です。
| ベンダー | ガイドライン | メッセージ | 対象フェーズ |
|---|---|---|---|
| SAP S/4HANA | Fit-to-Standard Analysis | 標準優先・最小拡張 | Explore(要件定義) |
| Oracle Cloud ERP | Configuring/Extending Apps | 標準中心、拡張は別レイヤー | RFP〜要件定義 |
| Microsoft Dynamics 365 | Customization Guideline | 最小限カスタム+Power Platform拡張 | 設計〜運用 |
【まとめ】クラウドERP時代の失敗しないRFPの書き方|基本編
クラウドERP時代のRFPは、細かい仕様を積み上げる文書ではなく、Fit/Gapを正しく判断できる“土台”をそろえることが成功のカギになります。
本編で整理したように、
- RFPの役割
- なぜRFPが失敗しやすいのか
- なぜRFP段階でFit/Gapを見ておく必要があるのか
といった“前提の理解”が整うだけで、その後の提案比較やベンダー選定が驚くほどスムーズになります。
実践編では、「RFPに何を書くべきか?」「どう比較すれば失敗を避けられるのか?」「クラウドERPならではの注意点は何か?」といった“実務の進め方”を具体的に解説します。
あなたの現場でもすぐに使える、構成テンプレート・評価軸・事前準備ポイントを整理していますので、どうぞ続けてご覧ください。
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